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descembre 2007 さようなら
SWAROVSKI ネックレス 2007年1月 頂き物
 スワロフスキークリスタル

日本の初売りを体験した Pat、
福袋の魅力にすっかり取り憑かれてしまいました。
1万円で3万円以上のものが入っていますよ、というその言葉に。

SWAROVSKI 福袋 自ら "swarovski addict" と称し
 福袋を二つも買ってしまいました。
 一つ目を買ったときに
 このネックレスをもらいました。

「もう一つ買う」と言う彼に
「ほとんど同じ物が入っていると思うよ」と意見しましたが、聞かない彼。
いじわるな小田急百貨店の店員のせいで
二つ目の福袋にもほとんど同じものが・・・・

SWAROVSKI キーチャーム というわけで、キーチャームももらっちゃいました。
 スワロフスキーにそれほど興味はなかったけれどきれいです。
 このキーチャームは中心部をペンダントにするつもり。


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01 mars 2007さようなら
EAST BOY グレーリブタートル 1998年頃 頂き物
 ウール


リブ編みの様な細かい二目ゴム編みのタートルは体にかなりフィットする。
まるで(とんねるず『皆さんのおかげでした』の)もじもじ君。
そう、私は密かにこのセーターを「もじもじ君」と呼んでいる。

高校生が着るようなマークのお洋服だけれど
冬はこんなタートルが重宝する。
細身なので体のラインは出やすいが、その分ぴったりして暖かい。

EAST BOY グレーリブタートル 襟元 エルメスのオレンジ色のスカーフを首元に合わせるのが
 お気に入りのコーディネイト。


19 janvier 2008 リサイクルへ
TOKIO KUMAGAI 黒 ドルマンスリーブセーター 1987年頃 伊勢丹新宿
 ウール

このセーターを買ったとき、伊勢丹1階の、いまGOYARDブティックがあるあたりに
TOKIO KUMAGAI の売り場が存在した。
彼(熊谷登喜夫)の名を今でも心に留めている人はどれくらいいるのだろうか。

デザイナーズ・ブランドが全盛だったころ
大人びた彼のブランドはまだ私の関心の対象ではなかった。
このセーターを買ったのも彼の末期かもしくは死の直後かもしれない。
彼は彼として生きるのがまだ困難だった80年代後半にHIVに感染して亡くなった。
私の中ではNYCに生きたウォホールやメープルソープと並ぶ伝説の人物である。

彼について少し調べてみたら
「パリで初めて成功を収めた日本人靴デザイナーとして知られる」そうだ。

すでに履きつぶしてしまったが
TOKIO KUMAGAIブランドの靴を持っていたことも思い出した。


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25 juin 2007 さようなら
gap 赤系 チェックパンツ gap 赤系 チェックパンツ 柄
2006年12月 GAP原宿店  
ウール×ナイロン(ストレッチ)

脚にはコンプレックスを持つので、通常ボトムスの選択は慎重におこなう。

シルエットに満足はしていないが、仲良しの小愛を真似て、遊びで購入。
友人と同じ物を購入してしまうなんてどうかしている。

彼女はいつもきちんとしている。
爪を手入れし、ストッキングを履き、革の鞄を持つ。
少し緩くなれば・・・って思うが彼女は手を抜かない。

夏の彼女との出会い以来、
その影響で、ここ数年続けてきた私のカジュアル路線に変化が生じた。
そうしたら冬に履けるパンツが見当たらない。
とりあえず温かいパンツを一本、ワードローブに追加した。

07 juillet 2007 ヒロちゃん
powder グリーン花柄ブラウス powder グリーン花柄ブラウス 柄のアップ
1998年頃 powder青山店
レーヨン

花の描写とレーヨンの透け感がきれいでしょう。

渋谷西武に seed館があったのはもう15年くらい前だろうか、
確か地下一階に powderのコーナーがあった。
毎シーズン 動物柄のシャツに魅了されていが、なかなか手が出なかった。

私の記憶が間違っていなければ、デザイナーの下迫さんはピンクハウス出身、
その流れを汲みつつ甘すぎず、ゆったりしてややチャイナ系の服。
1997年を前後して、骨董通りにできた旗艦店に、頻繁に足を運んでいた。
その店舗も、もはやない。

いつだったかデパートの売り場を久しぶりに覗いたら
以前よりもよりチャイナ系のデザインで溢れていた。

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07 juillet 2007 ヒロちゃん
 1986年12月 たかみ手製
 モヘア(リッチモア毛糸使用)

学生のとき、クリスマス会用に編んだ。
モヘアの6本か8本どりで、ぐんぐん編み進んだように憶う。
思い返せば、学生寮のクリスマス会になぜそれほど気合いを入れていたのだろう?
男子の訪問があったのだったかしら???

当時は髪をポニーテールにし、ペールピンクのタイツを合わせるのがお気に入りだった。
あら、ちょうど20年前こと、
今はブーツを履いてちょっとしたお出かけ用、
年に数回しか着ないけれど、モヘアという素材だけで華やかさがある。

26 janvier 2008 リサイクルへ
agmes.b えんじ色 シャツ 1995年頃 渋谷西武?
 コットン

一つのアイテムは一体何着作られているのだろう。
同じアイテムを着ている人は、たとえば東京だけで何人いるのだろう。
こんなにたくさん人がいるのに、同じ洋服を着ている人にはなぜ出会わないのだろう。

以前つきあっていたボーイフレンドがこれと同じシャツを持っていた。
もちろん男性用なので形は全く一緒ではないが、すごい偶然、運命を感じた。
彼はペアルックが大嫌いだったので一緒にこのシャツを着たことはない。
それ以上に、彼と一緒にいた何年もの間で、このシャツに袖を通したことはなかった。

彼との繋がりを失った今年、数年ぶりに着こなしてみよう。


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16 mars 2008 さようなら
袖の下が両袖とも裂けてしまいました、おつかれさま。。。

ttumori chisato ピンク シャツワンピース 1995年頃
 M−2(セレクトショップ いわき市)
 インドシルク

シャツ型ワンピース、昔の津森千里さんのデザイン。
I.S.のデザイナーを離れて独立し、まだ間もない頃だっただろうか、
定番となっているクレープのシリーズが目新しかったように憶う。

昔は看護婦さんみたいといわれコスプレしているように感じたが
先日はアオザイみたいだね、と。
大人の着こなしになったということだろうか。

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